「ミスター遅咲き」(2)
――高校に入学する頃まで、僕の夢はプロ野球選手になることだった。でも、石田と出会ってすぐ無理だと悟った。
―中学時代の彼は、すでに、近所の中学じゃちょっとした有名人だった。まず僕は、石田が同じ学校に来ているということに驚いた。てっきり有名私立に行ったと思っていたからだ。その彼が高校はじめてのピッチング練習をしたとき、僕の夢は木っ端微塵に砕けた。
―けして強豪校とは言えない僕の母校。当然、キャッチャーをしてたキャプテンも140キロを軽く超えるボールなんて捕ったことなかったわけで。
―その日キャプテンは、先輩の意地を見せたかったのだと思う。キャプテンは、プロテクターもマスクもなしで、
「よし、投げてみろよ、本気でこいよ」
と座って構えて見せたのだ。石田は軽くうなずくと、目一杯のボールをキャプテン目がけて放り込んだ。キャプテンは、その渾身の第一球に触れることさえ出来ず、膝頭でボールを受けてしまった。
「ぎゃっ」
悲鳴とともに白球が舞い上がった。僕はただ震えた。彼のボールは、まるで、人を殺す武器のようだった。この時、キャプテンの膝だけではなくて、僕の淡い夢も粉々になった。
―いつかプロになるどころではなく、野球は恐いと思った。
―幸い膝は大事に至らず、キャプテンは最後の夏に間に合うことができた。でも、結局、石田がその夏マウンドに立つことはなかった。
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