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2007年11月17日

「ミスター遅咲き」(3)

―山下書店の奥には暖簾がかかっていて、その先は家族が暮らすスペースになっている。
「ちょっと待ってくれ」
ひとしきり話し込んだ後、ケンジは石田を制して暖簾に顔を突っ込み、
「親父、店番頼む」
と、居間でテレビを眺める白髪混じりの小さい男性に声をかけた。
「なんだ、今から印籠が出るんだ」
茶卓の横に座る男性が、不機嫌そうに顔だけ向けてみせる。
「石田が来たんだ」
「えっ、トシヒサ君か?」
「そうだ」
「ほんとかっ」
言うなり、男性は暖簾の向こうへと声を上げる。
「おーいっ、上がって!久しぶりに顔拝ませてくれや」
暖簾の奥でのそのそと気配が動く。ケンジの顔が引っ込むのと入れ代わりに、戸口で頭を打たないように前かがみしながら、石田が現れた。
―在庫の本や家具に囲まれた手狭な居間は、石田一人に埋め尽くされたような、そう錯覚される存在感が漂った。
「お久しぶりです」
「おーっ、パイレーツのエース!元気にしとったか!」
男は立ち上がると彼へ歩み寄った。男は、まるで父親を見るように眩しげに、石田を見上げた。
「すっかりプロの顔つきだなあ」
「いや、そんな」
「あの、ぼーっとしたのが、本当にプロの世界でやっていけるかと思ってたけど、まあ、いらん心配だった。まままま、座って、ビールでも飲もう!乾杯だ!」
「いやいや、おじさん。まだうちにも顔出してないんで」
大きい体を小さくして石田が手を振る。
「そうかそうかわかった。じゃあ、明日、明日は暇か?」
「ええ、開いてますよ」
「よし、うちのかあさんに押し寿司作らせるから、どうだ、来るか?」
「はい、いいんですか?」
「いい、いい。悪いもんか!」
「ありがとうございます。そしたら、おじさん、明日、また来ます」
「おう、楽しみにしとるよ」


―ケンジがレジをぎこちなく打つ横で、再びのそのそと暖簾が動いたかと思うと、ぬーっと石田があらわれた。ゆっくり靴を履いたところで、ケンジと視線が交錯する。
―「おい待てよ」という目での抗議に気付いた石田は、
「明日またくる」
と、言い残して手を振り立ち去っていった。お客さんの、「ひょっとしてあれ・・・」という囁きを、ケンジはまるで他人事のように聴いていた。


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Posted by まさる(;^_^A at 20:43│Comments(0)ミスター遅咲き
 
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