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2014年06月08日

こーちゃん

梅雨の晴れ間の風が薫る。僕は使い古しのバイクにまたがり一路実家に向かっている。

見はるかす瀬戸内のブルー、砂浜の薄ベージュ、いつもならば鼻歌混じりでアクセルをひねってるはず。こんな電話さえなければ。
「あんのーえー」
「どしたんいっちゃん」
いっちゃんとは私の叔父で、こうして家に電話してくることは珍しい。
「お父がのーちょっと具合が悪いきんのー今病院におるんじゃ。ほでのー夕方からわしも仕事にでないかんのんよ。まーちゃん来てくれんか」
「大丈夫なんじーちゃんは」
「大事ないそれは心配やかいらん」
「分かった〜行けたら行く」
「無理やったらかまんきんのー」
そう言われたからはい行きませんとは、なぜだか今日は言い難くて、こうしてツーリング日和に鬱々とバイクを走らせている。
途中コンビニでおむすびを買い、お昼がてら青空の下パクつく。全く、こんなドライブでなけりゃすっごく楽しいシチュエーションなのに。お昼を済ませてないなんて言うとみんなにますます気を遣わせてしまうからなぁなんて思いながらのおむすびは、なんだか味が分からなかった。

風景をあまり楽しむ余裕もなく、幹線道路沿いの大病院に折れる。ここに来たのはいつ以来か。ああ、ばーちゃんが入院した時に来たなぁ。あれもかれこれ昔のことだ。

駐輪場にバイクを止めて正面玄関に歩いていくと、運良くいっちゃんがケータイで誰かと連絡を取っているとこだった。
「ありゃ来てくれたんか、かまんかったのに」
「えーんよえーんよ、じーちゃんは?」
「今のー検査してもらいよるとこじゃ」
「どしたんよー一体」
「いやのー昨日からのー、あのじっとしとらんお父がのー布団でずっと伏せとんじゃ、聴いたら腹が痛いいうけん病院に連れてったんじゃ。ほしたら盲腸かもしれんいうけん大事を取ってゆーだけのことよ」
「そーなんやーそれやったら心配ないね」
「まぁ入院やか言うてもちぃとのことやろ」
「そやね、1週間とか」
「そんなもんだろ」
気がつけば診察室の前まで歩いていた。叔父甥2人で無機質な長椅子に腰かける。仲が悪いわけではないが、お互いにいい年になってしまったので昔ほど会話も弾まない。シチュエーションがシチュエーションだからゲラゲラ笑う話もないし、なんとなく気まずい沈黙が流れる。

その時、見慣れた白髪の猫背の女性が室内から出てきた。次いで、看護婦さんの押す車椅子に乗った面長の老人。祖父母だった。2人揃って目を見開く。
ああ、また気を使わせてしまったかなぁと所在なく頭を掻いていると、祖母が口を開けた。
「ありゃこーちゃん」
祖母を残し、場の空気が凍る。
「だ、だれがこーちゃんぞ、まーちゃんやろが」
いっちゃんが慌てて取りなす。
「まーちゃんやでー」
努めて明るく私は続ける。
「まーちゃん・・・」
祖母が脳裏でことばをぐるぐる回す。
「ほーじゃが、お姉とこのまーちゃんやが」
「みどりとこのまーちゃんか」
「ほーよ、何いよんぞ」
「いやのーこーちゃんがわざわざ来てくれたんか思てのー」
こーちゃんとは親や叔父のいとこに当たるひとで、祖父母のご近所さんである。私も昔からいろいろ何くれとなく世話になったひとだ。だが、私とこーちゃんは年といい背格好といい似たとこはなくて、驚く。
「何いよんぞ、こーちゃんやか来るかや。わしがお姉とこに電話したらまーちゃんがおったけん、心配してくれて来たんやが」
「ばーちゃん忘れんとってよー」
「忘れたりするかね、ほか、まーちゃん来てくれたんかわざわざすまなんだのー」
「まーちゃんすまんのー」
祖父があとに続く。
「いやいや、わしが来て元気なとこ見たら、親も心配せんやろ思っただけやきん、気にせんといてー」
笑顔で答えながら、これ、後で思い返した時堪えるんじゃないかとチラリと思う。祖母がだいぶ老けたとは聞いていたし、思っても来たけど、自分のことを間違えられたことなどなかった。ここまで来てしまってるのか、と思ったが、今はそれを思い返す余裕はない。それからも沈黙と不安を埋めるための会話がポツポツ続く。
「まーちゃんは一番上やったんかのー」
祖母がまた小さな爆弾を落とす。
「ほやでー」
「何いよんぞ、うちは孫2人やろが」
「あと2人おったんかのー」
「や、わしとゆずるの2人やでー」
「ゆずるくん。ゆずるくんとまーちゃんは似てなかったわいねー」
「そやねーアイツとはあんまり似とらんよ」
「ほーかのー」
と、いっちゃん。
「ほーよ、どんな顔言われてもよー言わんけど」
「お母、ゆずるくんのこと忘れてないやろなー」
「ゆずるさんは忘れてないよ、写真見とるけん、似てないよのー」
空を見つめ祖母が言う。なんてことだと視線を逸らす。写真見てるから忘れてないってどういうことや、もう、うちらのことはそこまで虚ろなのか。
頭を振る。今は祖父のことだ。



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Posted by まさる(;^_^A at 20:43│Comments(0)小説
 
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