2014年06月08日
こーちゃん(2)
それからは大病院特有の時間待ちと入院に関する手続きと、入室してからの健診やらで嫌な疲れる時がただただ流れる。
祖父の顔色は悪くないが、点滴を刺されベッド安静を命じられ目をつむる様はやるせなかった。
タイミングを見計らい、いっちゃんが口を開く。
「ほしたら一旦ぞうりやら薬やら要るもん取りにもんてくるきん、まーちゃんどーするぞーもう心配いらんきんえーぞー」
「ほやなぁそろそろ帰ろわい、また来るきんのー」
「遠路はるばるありがとー」
祖父が目一杯おどけて言う。祖母が思い出したようにがま口を開く。
「お駄賃やろわい」
綺麗に畳まれた5千円を渡そうとする。
「な、何するんよ、そんなん欲しいけん来たんじゃないんで、かまんかまん絶対にいらん」
「ほーよ、もう大きなっとんぞ。ようけ稼ぎよんやけん」
「や、ようけは稼いどらんけど」
「ほうか」
一度しまいかけて祖母が再度渡そうとする。
「出しかけたきん、ええ、」
「もう、もろとけやーまーちゃん」
「ええのに、ありがとう」
「なんぞ買えや」
「なんぞ買おわい」
祖母のなかの私は何歳なんだろう。伏線がありすぎて普段思わないことが頭をぐるぐる回る。
病室からいっちゃんと肩を並べ出ていく。こんな風に2人で病院を歩くことなんて考えたことなかったなぁと思う。
エレベーターを待つ間に、いっちゃんが話しかけてくる。
「やばかろう」
「うん」
どちらのことか私もいっちゃんも間違えることはなかった。
「こないだかしらん、わしもこーちゃん言われたんよ。お母が畑におるきんのー、手伝いに行ったらこーちゃん言うんやけん。時々なぁ全部飛んでしまうらしい。違おがー誰やったかいねー言ううちにの、思い出して年取ったらこないなるんじゃてな言いよったけど」
「そうなんやー」
「ショックやったぞー」
それは叔父の気遣いと分かっていたが、頭のなかでぐるぐるとさっきの会話が回る。
「病院、診てもらった方がいいで」
「しゃーけど、こなな病気はいくまいが、ボケやかは」
「それはそうや」
「今までのー元気におってくれてのー、そななことなかったけん感謝しとるんよ。ええ年じゃけんの。ボケて歩き回るとかそんなんなかったろ、よー番しとれんぞ、そななんなかったきんの」
「テレビで今しょーるもんなー」
「お前、お母から聞いとんか」
「何をよ」
「こっちに家建ててもんてくる話よ」
「知っとるけど・・・親がどー思とるか」
気がつけば、自動ドアをくぐっていた。外の蒸し暑い空気がまとわりつく。
「お兄さんにもこないだ言うたんよ、気とか遣わんでえーけんわしらは居ってくれたら助かるんじゃ、わしも仕事で家開けとること多いけんのー。そやけどまーちゃんひとりになるきんどーなんぞーとかな」
「わしはえーよ、それこそえー年やし、1人で暮らしても。親が、そう決めたらわしはかまんよ」
「そーか」
少し叔父がホッとした顔をした。前々からそんな話は聞いていたし、その考えはすでにあったけど、こんなに瀬戸際で考えたことはなかった。
祖父はきっと大丈夫だろう。しかし祖母は・・・。
ぎこちなく笑顔で手を振り別れ、バイクにまたがったあとも迷いがちらつく。
いつかこんな日が来るんだろうか。景色は未来に飛ぶ。
「誰やったかいねー」
「まさるやで、まさる。みどりんとこのー」
「そうやったかいねー」
「もー頼むでー」
「誰この人」
「ごめんごめん、まさるって言うんよー」
「まさるさん」
「ほーよー、また来るけん覚えといてねー」
「うーん」
「誰」
「まさるってゆうんよーずーっと昔から貴女のこと知ってるんだよ」
「へぇ知らなんだ」
「そやろー不思議なねー」
気がつけば、町から20キロ遠ざかっていた。それでもきっと笑顔でいられる自分にホッとして、ついで景色がにじむのに気づいた。
泣いているのか。
そうか。
ふと、弟にメールを一通送ろうと思った。
「久しぶり。あののー、ばあちゃん、わしらのこと忘れかけてるぞ」
アイツは利発なやつだから、きっと自分で意味を消化して、自分なりの選択を出来るだろう。
仕方ないと諦念を持つか、分かるうちにと思うか、こどもがいつか出来た時にと思うか。いずれにしてもアイツの道を選ぶだろう。
もしも返事が来たならば、こう伝えようと思う。
「誰やったかいねーって言われるんはなかなか堪えるぞ(苦笑)」
なんて。アイツがもしも会いに行ったとき狼狽えないように。
帰り道のシーサイドラインは、哀しいほど美しく。そのまま知らない街に行ってしまいたかった。
ため息が、ヘルメットにこだましてシールドを曇らせた。けたたましいエンジン音が空に消えた。
祖父の顔色は悪くないが、点滴を刺されベッド安静を命じられ目をつむる様はやるせなかった。
タイミングを見計らい、いっちゃんが口を開く。
「ほしたら一旦ぞうりやら薬やら要るもん取りにもんてくるきん、まーちゃんどーするぞーもう心配いらんきんえーぞー」
「ほやなぁそろそろ帰ろわい、また来るきんのー」
「遠路はるばるありがとー」
祖父が目一杯おどけて言う。祖母が思い出したようにがま口を開く。
「お駄賃やろわい」
綺麗に畳まれた5千円を渡そうとする。
「な、何するんよ、そんなん欲しいけん来たんじゃないんで、かまんかまん絶対にいらん」
「ほーよ、もう大きなっとんぞ。ようけ稼ぎよんやけん」
「や、ようけは稼いどらんけど」
「ほうか」
一度しまいかけて祖母が再度渡そうとする。
「出しかけたきん、ええ、」
「もう、もろとけやーまーちゃん」
「ええのに、ありがとう」
「なんぞ買えや」
「なんぞ買おわい」
祖母のなかの私は何歳なんだろう。伏線がありすぎて普段思わないことが頭をぐるぐる回る。
病室からいっちゃんと肩を並べ出ていく。こんな風に2人で病院を歩くことなんて考えたことなかったなぁと思う。
エレベーターを待つ間に、いっちゃんが話しかけてくる。
「やばかろう」
「うん」
どちらのことか私もいっちゃんも間違えることはなかった。
「こないだかしらん、わしもこーちゃん言われたんよ。お母が畑におるきんのー、手伝いに行ったらこーちゃん言うんやけん。時々なぁ全部飛んでしまうらしい。違おがー誰やったかいねー言ううちにの、思い出して年取ったらこないなるんじゃてな言いよったけど」
「そうなんやー」
「ショックやったぞー」
それは叔父の気遣いと分かっていたが、頭のなかでぐるぐるとさっきの会話が回る。
「病院、診てもらった方がいいで」
「しゃーけど、こなな病気はいくまいが、ボケやかは」
「それはそうや」
「今までのー元気におってくれてのー、そななことなかったけん感謝しとるんよ。ええ年じゃけんの。ボケて歩き回るとかそんなんなかったろ、よー番しとれんぞ、そななんなかったきんの」
「テレビで今しょーるもんなー」
「お前、お母から聞いとんか」
「何をよ」
「こっちに家建ててもんてくる話よ」
「知っとるけど・・・親がどー思とるか」
気がつけば、自動ドアをくぐっていた。外の蒸し暑い空気がまとわりつく。
「お兄さんにもこないだ言うたんよ、気とか遣わんでえーけんわしらは居ってくれたら助かるんじゃ、わしも仕事で家開けとること多いけんのー。そやけどまーちゃんひとりになるきんどーなんぞーとかな」
「わしはえーよ、それこそえー年やし、1人で暮らしても。親が、そう決めたらわしはかまんよ」
「そーか」
少し叔父がホッとした顔をした。前々からそんな話は聞いていたし、その考えはすでにあったけど、こんなに瀬戸際で考えたことはなかった。
祖父はきっと大丈夫だろう。しかし祖母は・・・。
ぎこちなく笑顔で手を振り別れ、バイクにまたがったあとも迷いがちらつく。
いつかこんな日が来るんだろうか。景色は未来に飛ぶ。
「誰やったかいねー」
「まさるやで、まさる。みどりんとこのー」
「そうやったかいねー」
「もー頼むでー」
「誰この人」
「ごめんごめん、まさるって言うんよー」
「まさるさん」
「ほーよー、また来るけん覚えといてねー」
「うーん」
「誰」
「まさるってゆうんよーずーっと昔から貴女のこと知ってるんだよ」
「へぇ知らなんだ」
「そやろー不思議なねー」
気がつけば、町から20キロ遠ざかっていた。それでもきっと笑顔でいられる自分にホッとして、ついで景色がにじむのに気づいた。
泣いているのか。
そうか。
ふと、弟にメールを一通送ろうと思った。
「久しぶり。あののー、ばあちゃん、わしらのこと忘れかけてるぞ」
アイツは利発なやつだから、きっと自分で意味を消化して、自分なりの選択を出来るだろう。
仕方ないと諦念を持つか、分かるうちにと思うか、こどもがいつか出来た時にと思うか。いずれにしてもアイツの道を選ぶだろう。
もしも返事が来たならば、こう伝えようと思う。
「誰やったかいねーって言われるんはなかなか堪えるぞ(苦笑)」
なんて。アイツがもしも会いに行ったとき狼狽えないように。
帰り道のシーサイドラインは、哀しいほど美しく。そのまま知らない街に行ってしまいたかった。
ため息が、ヘルメットにこだましてシールドを曇らせた。けたたましいエンジン音が空に消えた。
Posted by まさる(;^_^A at 21:23│Comments(0)
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