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2011年01月15日

ぼくの部長

うちの部長は、いかにも部長らしい部長だ。スーツが少しきつそうなずんぐりとした身体、年輪を刻み付けた見るからに温厚そうな顔つき、ちょっと訛った決して押し付けがましくない物言い。
派手な功績をあげることは少ないが、地味に着実に仕事を積み重ねて古くからの馴染みのお客さんにもとても信頼される、ぼくたち部下にとって居てくれるだけで何か安心出来る、いわば親父のような上司だ。

その日ぼくは彼女との約束に少し浮き足立っていた。昼間から仕事もあまり手に付かず、カバンに忍ばせたチケットが気になって気になって仕方がない状態で、どうにもこうにもならなかった。
部長はそんなぼくを知ってか知らずか、あるいは見て見ぬフリをしてくれてるのか、5時を待ち兼ねてタイムカードを押す自分にいつもどおり、
「お疲れさん、また来週だな」
と暖かく声をかけてくれた。
今日のデートはとあるライブハウス。何でも、彼女が言うには地元の腕自慢のアマチュアが何組か出るライブらしい。まあ、正直ぼくははやりの歌にさえとんちんかんなタチで、さして興味もかきたてられなかったのだが、彼女と久しぶりに過ごせることがとても楽しみだった。

「よっ」
駅の南口で彼女と待ち合わせて、お目当てのライブハウスまでゆったり並んで歩く。今年の冬はえらく寒いので2人してコートのえりを立ててしまう。かわりばんこに白い息を吐き、澄んだ空気で5割増しの綺麗なイルミネーションに囲まれながら人波を縫う。たまの何気ない会話が、普段のメールの何倍も嬉しい。
気が付けば駅から2つスクランブル交差点を通りすぎていて、間もなく彼女が「ほら」と地下へ降りる階段を指差した。
少し古ぼけた感じの木のドアを、彼女に習って押すと、まるでドラマかテレビで見るようないい雰囲気のライブハウスがそこにあった。
「さあ、座ろっ」
チケットを店員さんに差出しながら、ぼくは彼女に手を引かれるままテーブルに向かって歩いていった。

「どうもっありがとございやしたっ!」
拍手が鳴り響く。間違いなく長渕剛に憧れてるに違いないバンカラな男性が、ステージ上で頭を下げている。
「スゴかったね」
彼女が目をキラキラさせながら喜んでる。もうこれで何組目か、ハモネプ目指してる大学生に、綾戸智恵が大好きだという女性、何とかという地元のヒップホップグループ・・・みんな一生懸命で楽しそうで、音楽に疎いぼくもそのバイタリティーに当てられて思った以上にいい時間を過ごせてるし、何より、彼女がホントに目尻を下げている横顔にとても満足だった。

「ねぇ、次が最後みたいだよ」
ライブハウスのオーナーの壇上でのアナウンスを聴きながら、彼女がほほえんだ。
「ギターの弾き語りだって、楽しみ」
刹那、照明がぐっと絞られた。袖の方から黒い人影がスポットライトの方へ歩んできた。
「どうも、こんばんは」
イスを手元に引き寄せながら挨拶をする男性を見て、ぼくは腰をぬかしそうになった。
「ナニ、どうしたの?」
トムとジェリーのような驚きの顔をしてるに違いないぼくを見て、彼女が不安そうにぼくを覗き込む。
「いや、あの、だって」
壇上ではその男性がギターを抱え、軽くチューニングらしきことをしている。その仕草が1枚の絵のようにビックリするほど決まってる。
「どうしたのさ、あのひとに驚いてるの?」
瞬きもせずたじろいだまま壇上を見て凍り付くぼくの視線に寄り添いながら、彼女が聴いてくる。
「あれ、部長」
自分の認識を自分で採点するように、言ってみる。
「どこの部長?お知り合い?」
「うちの、部長」
「あなたの?」
「そう、ぼくの」
と、固まったまま話すぼくの視線に気が付いたのか、「おぅ」という感じで壇上の男性がぼくに軽く手を振る。間違いなくそれは、ぼくの部長だった。

それからの十数分、ステージは彼の独壇場だった。どんなリクツかよく分からないけど、彼のギターからは音が同時にいくつも鳴ってたし、歌声は低く甘く場をとろかすほど魅力的だった。ステージにほど近い席では若い男の子が、そのギターさばきを食い入るように見つめ、ぼくの彼女を含め至るところの女性が、彼の歌う苦い初恋の曲にうっとりしていた。
かくいうぼくも時を忘れるほど、彼の世界に魅了されている。何て素晴らしいステージ、こんなに音楽に疎いぼくがそう思うのだから、きっと彼の歌はホントにずば抜けてすごいのだろう。
頭の片隅で月曜の朝、何て声をかけようとチラリと思いつつ、ぼくは彼の歌をその日こころゆくまま堪能した。




(あとがき)
この部長は、村下孝蔵さんがモデルです。
もちろん、村下さんはサラリーマンでも部長でもありませんが(;^_^A


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Posted by まさる(;^_^A at 02:07│Comments(0)小説
 
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